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2020-03-22

守門岳 ~風が織りなす東洋一の芸術~

 2018年3月3日、久方ぶりの豪雪年となったこの年の冬。薄明の空の下、守門岳二口登山口付近に居た。辺りは向こうが見えない程の説壁に囲まれている。国道290号線から集落を抜けて至るこの場所は、登山口少し手前までラッセル車によって除雪される。除雪によって抜けた道の僅かな幅に車を並べるように駐車して入山していく。

 この日の登山は特別だった。自分に『雪山』を教えてくれた方との初アタックだった。自分は山登りこそそれなりにするが、こと『雪山』には一度も行った事が無かった。元々雪国新潟に暮らしていると、わざわざ雪のある所に行こうという発想自体持たなかった。そうでなくても雪だらけで、ハイシーズンには毎朝雪かきから一日が始まる。それなしでは出勤すらできないのだ。スキー、スノボーでさえ皆がやるわけじゃない。むしろ自分の周りでも10人居れば1人2人居るか居ないかの話だ。

 待ち合わせは朝六時の入山に合わせて。予定通り合流出来た。支度を整えていざ雪を踏みしめた。

紫色の空と雪の森

F5.6 SS1/250 ISO-2500 -1補正 18㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 斜面の向こうの空は紫色に明けていっている。天候は快晴、空気は完璧に済んでいる。新潟の冬では奇跡のコンディションだ。今日は『持っている方』と一緒だ。自分一人で来たらこうはなっていなかっただろう。

 今回バディを組んで下さった雪山の師匠は、茨城県からお越し下さった。日本中の山と温泉を巡ってブログを綴る方で、この後自分と共に浅草岳、筑波山、厳冬期磐梯山もご一緒して下さった。今回の舞台となった守門岳以降、いくつかの山域自然群の踏破を経て、カムチャツカ半島の火山域まで挑んだ猛者だ。綴るブログはとても充実していて、一人の人が残すログとしてはかなり分厚いと思う。所謂ブロガーと違って、日本各地の生の現場に自らの脚で歩いた記録。

 ずっと雪国で暮らしているので、雪歩きはなんの問題も無い。ベテラン山屋さんにもちゃんと付いていける。山歩きをしない方はあまりピンとこないかも知れないが、登山にとって歩くペースはかなりキモになる部分。このペースというものをコントロール出来るようになったら一流と言って良い。逆にコレが掌握できなければ例え4000m越えの山を踏破しても一流とは言い難いかもしれない。

F5.6 SS1/100 ISO-200 -1補正 24㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 空の色が少しずつ変わっていく。済んだ空気の夜空を少しずつ焼き切るように明けていく。

 一番奥に見えるこんもりとした山が守門岳本山。以前残雪期に訪れた時より近く見える。スタート地点はかなり離れているのだが。冬は視界を遮るヤブが無いので目標を捉えやすい。加えて豪雪地帯、目線が通常より2mくらい高いので、ポイントによっては尚見渡せる。

 薄明の空の下、眼前に広がる滑らかな雪景色はまるで宮沢賢治の童話の世界のようだった。宮沢賢治が故郷花巻市を思って作品を書いたのだろう、こんな放射冷却の明け方の雪景色がイメージとしてよく描ける。

日が昇った、目覚める世界

 関東平野部ではもうとっくに朝陽が射している頃だろう。日の出が山々の向こうで始まると、空は一気に明るくなる。

F3.5 SS1/1250 ISO-100 0補正 18㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 こういう時の写真は絞りを効かせるのが正解だったかもしれない。

 守門岳本山よりやや東から太陽が顔を出し始める。無風だった雪の森に風が巻き始める。なんだか強くなりそうな予感がした。

 冬の終わりから初夏にかけて、良く晴れた風の無い夜からの日の出は、太陽から風が吹いてくる。どういう現象なのかは定かではないが、明け方の釣りでも同じ経験が沢山あるので何かの気象現象なのだとは思う。

F5.6 SS1/400 ISO-100 0補正 135㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 しばらく登って振り返ると、煌々と朝日を浴びた越後駒ケ岳の鎮座する姿が望めた。新潟県にも名峰はいくつもあるのに、あんまり入った事が無い。実に勿体無い。あとどれくらい残っているか分からない人生の時間、その中で健康で体力に恵まれている時間はその半分くらいだろう。多少無理してでも行ってみたい所は行くようにしたい。

木々の間から射す朝日はいつの時代も幻想的だ

F3.5 SS1/2000 ISO-100 0補正 18㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 朝陽が作り出す雪の森のコントラストは、まさに物語の世界だ。カメラでは撮りきれないが、足元の雪がキラキラと輝いている。スノートレッキングの醍醐味だ。

F4 SS1/1250 ISO-100 0補正 21㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 気温も良く下がった。見事なパウダースノーだ!ワカンで雪を蹴り上げるHiroさんを写真に収めさせて頂いた。

F3.5 SS1/1250 ISO-100 0補正 18㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 朝日を浴びて影を伸ばす木々の姿。ソフトなライティングがパウダースノーとよく合う。寝室の電気も、こうはならないだろうかと思ってしまう。

F4.5 SS1/2000 ISO-100 0補正 36㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 太陽の光に温かみを感じ始めていた。先行者のトレースを辿りながらふと道の端に目をやると、これは面白い、なんとも立派なミニ雪庇だ。左手は少し木々が開けていて風が抜けやすくなっている。そして『強い』冷たい風が吹き続ける、こんな条件で雪庇は作られる。

F4.5 SS1/1000 ISO-100 0補正 48㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 雪の森のこんな風景が一番好きだ。何日か前だろうか、ウサギの通った足跡もある。雪山に登り始めたのは最近の事だが、雪の森は昔からよく入っていた。ヤブが無くなるので近道に使ったり、外仕事が長いので現場がこんな所だったり、廃墟も時々行くのだが、森の奥にあるマニアックな所だったりで入ったりするのだ。

森を抜けた先にそびえる斜面

F4.5 SS1/3200 ISO-100 0ステップ 48㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 森の終わりは突然だった。この斜面に足が掛かる頃には朝日はすっかり登り、首筋に熱を感じるまでになった。こうなった時の雪山は、動いているととにかく暑い。だがこの日は少し違った。この時間になってだいぶ風が出てきた。これは稜線に出る頃には爆風になっているかもしれない。二人でそんな話をしながら斜面を粛々と登っていく。

 多分、山登りで最も地味な作業だ。

案の定爆風となった

 樹林帯の中のフカフカなパウダースノーと違って、ここまで来ると足元の雪はまるで氷だ。ワカンのツメがうまく刺さらない。この時はまだアイゼンなんて上等なギアを持っていなかった。RPGと一緒で、強い武器や頼もしいアイテムは進行度合いによって増えていくのだ。もっとも、欲しい時に無くて、揃う程にゲームの難易度も上がっていくのだが。

F9 SS1/1000 ISO-100 0補正 18㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 こりゃたまらん!耳が千切れそうだ!

 こんな時、自分の写真スキルではこの風の強さを表現できない。この写真の右下の方から爆風が吹いている。

F9 SS1/1000 ISO-100 0補正 60㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 風が伝わるだろうか。自分の表現力ではコレが精いっぱいだ。凍り付いた雪の上を転がるように雪の粉が吹き飛ばされていた。

F9 SS1/1000 ISO-100 0補正 36㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 風の音が聞こえるだろうか。強い風に鼻も感覚が無くなってきた。冬の外仕事ではいつもの事だが、山のそれはなかなかにキツイ。さあ、稜線はすぐそこだ。

守門岳、東洋一の大雪庇

F9 SS1/1000 ISO-100 0補正 28㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 とうとう守門岳の主稜線に出た。早速景色が開けている…と、言うか切れ落ちている。一番奥の右方向に見えているのが飯豊連峰、そのすぐ左にあるのが二王子岳、こことその間に見える山脈の左側に位置するのが多分粟ヶ岳と思う。こうやって見ると全然離れていなくて、まるで一つの山域を構成しているみたい。人間とはいかにもちっぽけな物か。

F9 SS1/1000 ISO-100 0補正 36㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 稜線にそって大規模な雪庇を形成している。残雪期では実感できなかったスケール感がダイレクトに押し寄せてくる…!凄まじい圧力に思わず身を乗り出してしまうが、すぐそこは張り出した雪庇、万が一踏み抜けば一たまりもない。

F9 SS1/1600 ISO-100 0補正 68㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 なんと恐ろしい…途中で見かけたミニ雪庇は本当に可愛いくらいだった。分厚い雪の層が幾重にも重なっては張り出して、その上にまた重なっていく。

 日本海から吹き上げてくる強い風と、大量に降る雪がこの巨大な稜線芸術を作り上げる。本来の登山道が何メートル下にあるのか分からない、それくらいの積雪。もし、温暖化が進行し気候変動で雪の降り方が変われば、或いはこの雪庇も見れなくなるのかもしれない。

F9 SS1/1600 ISO-100 0補正 18㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 ヤブも木々も無い稜線はまるで雪のステージ、爆風に吹きさらされた真っ白な舞台に青空が映える。本山山頂がある方角に向かって斜面を降りていく。多くの登山者は先ほどのポイントで折り返す。コチラに降りて来るのはごく少数だった。

 足元は風で固く引き締められている。ワカンのツメが上手く刺さらない。斜面は急で、体制も良くない。そうだ、一思いに滑って降りた方が早そうだ!なんて考えられない。とてもじゃないが、こんな所でそんな事したら多分、ケガじゃすまない。それくらい急だし、固いし、何より高い。この写真じゃ伝わらない?もうすぐ降りれる、時期に分かるさ。

風が織りなす芸術

F9 SS1/2000 ISO-100 0補正 36㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 『東洋一の大雪庇』。ここまで来てそう呼ばれた事の本当の意味を知る。荒々しく風紋を刻むと、その先はシルクのように滑らかに流れ落ちる。

 よく見てほしい、人が写っている。スキーで滑走してくる。そこを見てようやくスケール感が伝わるだろうか。

 眼前にいっぱいに広がる山容に二人で言葉を失う。

F9 SS1/2000 ISO-100 0補正 18㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 綺麗なシュカブラを刻んで一気に駆け上がってきては、山の奥へと駆け下りていく。古の人々は、自然界のあらゆる所に神や精霊がいると信じた。それは人間の手ではとても再現できないような圧倒的な芸術を作り上げる姿を見て、そこに神や精霊を感じたのかも知れない。その気持ちはきっと今も変わらずに人々の中にあると思う。

守門岳そのものが巨大なネイチャーアートだった

 本山山頂へは流石に時間が足りないので、降りきった所で引き返す事にした。いつかこの巨大なアートの上を歩ききってみたいものだが、年々雪が少なくなっていくこの時代に果たしてこれクラスの雪庇に恵まれる『次』があるのだろうかと思ってしまう。

F9 SS1/1250 ISO-100 0補正 21㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 二人で記念写真など一しきり撮ってから下山を開始した。これはこれで凄い景色だ。海が見える。豪雪のおかげで電車道状態の登山道は下山が早い早い。あっという間の一日だった。

 ここはスキーを担いで登ってくる人も多い。颯爽と滑り降りていくの見て、『なんと早く効率的な事か!』と感動した。自分にとってはバックカントリーを楽しむと言うよりは、早く下山できる手段としての方が魅力がある。近頃は持ち運びも便利なタイプが結構あるようだ。

F9 SS1/1250 ISO-100 0補正 21㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

 保久礼小屋…だよね。スゲーな…さすがにここまでの積もり方は魚沼周辺まで来ないとお目にかかれない。

 この日ご一緒して下さったHMS-Hiroさんとこの日の総括をしながら、名物の栃尾の油揚げを食べに行こうと話した。基本的に山には一人でしか行く事がないので、非常に新鮮だった。折角なのに、スベらない話の一つも持っていれば良かったのだがw

生涯胸に残る山行だった

 冬の守門岳は雪庇まで行くならそこまで難易度は高くないように思う。雪山に少し慣れた人が『雪山の本当の良さ』を知るには最高の場所だと言える。

 Hiroさんからのお誘いでスタートした山行だった。最高の天気に恵まれ、ホントに良い日となった。また次もと約束を交わし、栃尾の油揚げ屋を後にした。

 よく『山は逃げない』と言う。これは急いで行かなくても、いつでも登れるんだから大丈夫との意味で言われるのだが、確かにそうだとは思う。でもきっと、姿は変えてしまう。特に気候変動が深刻化してきた現代、東洋一の雪庇など、見れなくなってしまうかも知れない。

 その時はきっと、米所新潟も没落の時だ。守門岳に来たのがこの日で、本当に良かった。

F9 SS1/2000 ISO-100 0補正 68㎜ PENTAX K-1 DA18-135 APS-Cクロップ

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