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2021-04-20

2021年最後の桜写真、来年もまた沢山咲きますように

 四月も終わりが見えてきて、なんだか一年が早く感じる今日この頃。どんな季節も矢のように過ぎ去って行き、気が付けばまた次の季節がやって来る。そして人の命も儚く散る桜の花のように、風の中に還るのでしょうか

 今年は環境の変化が大きくて、思うように桜の写真撮影ができなかったのですが、短い時間の中でもどうすれば気持ちの伝わる写真が撮れるか、あまり考えすぎず且つしっかり考えて撮ってみました。正解なんて分かりませんが、少なくとも自分の中にある伝えたいものは表現できたように思います^^。下手の横好きではありますが、眺めて言って下さると嬉しいです。

◆信濃川やすらぎ提左岸、県花と桜の共演◆

 新潟県では県の花、県花としてチューリップを定めています。四月に入ると県内各所にチューリップの花が咲いて、道行く人々の目を楽しませてくれています。

 新潟市中央区信濃川やすらぎ提左岸では、桜並木の下にチューリップの花が植えられていて、キレイに咲き誇る桜の花との見事な共演が毎年楽しめます。

F6.3 SS1/200 ISO-200 -1EV 290㎜ PENTAX.K-1 SIGUMA.APO50-500

 今年の桜写真は生憎の雨続きでした。でも、雨に濡れる桜もまた味があってとても良いですね^^。雨が降ると人の出が極端に減るので、むしろ快適な花見ができるくらいです。写真が好きな方はこんな日こそ何か良い絵が撮れないかと趣向を凝らして撮影に挑んでいる方もおられました。これもまた、花のある風景ですね。

 桜の足元に並ぶチューリップの花達が、雨風に散る桜の花びらに向かって手を伸ばしているようでした。

●花も命、共に生きている

F8 SS1/100 ISO-200 -1EV 200㎜ PENTAX.K-1 SIGUMA.APO50-500

 舞い散った花びらをそっと手に乗せるチューリップ。その姿はまるで、小さい子が自分に見せてくれているようでした。どこか無邪気なその光景は、役目を終えた花が土に還り命を繋いでいく時の流れの一コマである事を忘れさせてしまうくらいです。

 小雨が降る人のいない河川敷の端に、ゆっくりと歩きながら語らう声を一つ一つ聞いて歩く、そんなスローな時間が流れていました。

F5.6 SS1/160 ISO-200 -1EV 140㎜ PENTAX.K-1 SIGUMA.APO50-500 アスペクト比16:9

◆桜が散るのは未来の為◆

 花が散るのを見る度に、しばしば命の巡りを考えます。なんの為に咲き、なんの為に散るのか。全ては未来の為です。もし咲いた花が散る事無く永らえたとしたら、そこに繁栄は無く豊かさも無いでしょう。咲いた花が散るのは未来の為です。自分がいつか死ぬのと同じ事です

F4.5 SS1/320 ISO-200 -1EV 75㎜ PENTAX.K-1 SIGUMA.APO50-500

 散っても尚鮮やかな色を放っている。むしろ散る事でより鮮やかになっていると言っても良いくらいです^^。桜の花は咲いてから概ね五日程度で散るそうですね。でも実際には冬の間から小さな芽が、長い時間をかけて花開く日を待っているのです。

 白山公園からやすらぎ提に降りてくる広い階段には、散った花びらが一面に敷き詰められていてとても幻想的でした。この花びら達は雨風にさらされてどこまで行くのでしょうか。土に還るのか、水に還るのか。

●来年もまた、沢山咲きますように

F8 SS1/100 ISO-800 -0.7EV 200㎜ PENTAX.K-1 SIGUMA.APO50-500

 写真よりも動画の時代、きっとこんな表現はもう古臭いのかもしれないと思う事があります。ネットにはまるで、アニメや映画の世界を現実に切り取ったような素晴らしい作品が沢山掲載され、誰でも自由に見て楽しむ事ができます。きっとそれは昔の写真家達が待ち望んでいた時代なのでしょう。自分の写真作品など、そんな大きなネット世界の中に埋もれていくだけです。それでも、偶然ここに訪れた誰かの心に刺さる何かがあればと願いながら、これからも写真を撮っていきたいです。

 込める願いも花のようにすぐに散ってしまうのでしょう。散る花に萌える緑、そこには命の巡りが確かにありました。どうか来年もまた、沢山咲きますように^^。

信濃川やすらぎ提左岸

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